東西古城七夕海道

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仁淀川町長者

七夕の由来
(織女祭・星祭等とも呼ばれる)
この日は、天の川を渡って牽牛と織女が年に一度の出合いをすると言う中国から伝来した伝説から起こった行事です。牽牛星はわし座に、織女星は、こと座に属した星で、二つの星の距離は16光年と言われています。(注:1光年とは、星が1年間に進む距離、約9兆4600億キロメートル)この七夕には、天帝が鶴(かささぎ)の羽で作った橋を渡ってランデブーすることを許すと言うものです。これは天帝の娘の織女が年頃になり、一人ではかわいそうだと牽牛を婿にとったところ、アツアツになって絹を織る仕事を怠ったために、天帝が怒って一年に一度しか合わせないようにしたというのです。この織女にあやかり、裁縫の上達を祈ってお祭りをするようになったのですが裁縫から手芸、読み書の上達を願う祭りとなりました。日本では聖武天皇(724年即位)の代から催され、江戸時代に寺子屋の行事として発展していたようです。笹竹に五色の色紙や短冊に字を書いて結び付け、ウリやナスやカボチャを供えて上達を祈ったと言われています。
(看板引用)

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