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中島与市郎の碑

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土佐市新居

勤王の志士 清渺(1842〜1864)

天保13年、新居村の郷土、老役の家に生れ、少年の頃より塚地の千頭眞之助の門に入り、剣術の修行に励んだ。長じて勤王の志を抱き、長州の高杉晋作を慕って同志の、中島信行(19才)、細木核太郎(26才)と謀り、元治元年(1864)11月20日脱藩を決行した。
積雪の難路を踏破し、漸く豫土国境にさしかかったころ、与市郎は足痛のため歩行困難となり、二人と別れ池川水の峠の大師堂で休息中、追っ手に囲まれて遂に自害した。時に与市郎は、23才であった。
なお、与市郎の墓碑には、初代の衆議院議長となった同志中島信行の撰文、同人の妻俊子(湘煙)揮毫の碑文が刻まれている。
明治31年従五位を贈られた。

中島与市郎の碑

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