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武田勝頼・三枝夫人の墓所

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仁淀川町大崎

勝頼は慶長十四年(1906)八月二十五日に六十四歳で亡くなります。三枝夫人は元和二年(1616)十月十九日に亡くなって共に祀られています。三枝夫人は歴史上出てこない夫人で、実子の正晴と共に落ち延びた事が系図に書かれていて歴史の大きな謎です。大崎川井土居屋敷の柿木元に葬られた事が系図に記されております。四百年以上の時を経た現在、この柿の木は赤い実を稔らせます。勝頼の戒名 成福院殿榮秋道勝大居士   夫人の戒名 恵照院殿清月宗光大姉 これらは系図に記されており、また長宗我部地検帳からも土居屋敷の場所が確認でき、土佐へ来た武田勝頼の伝承を物語る上でも重要な史跡です。

(看板引用)

武田勝頼・三枝夫人の墓所

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